広田弘毅内閣が成立したのは二・二六事件の直後、1936(昭和11)年3月5日のことでしたが、その2カ月後に、大事件が持ち上がりました。
5月7日の衆議院本会議で、民政党の斎藤隆夫代議士が、二・二六事件に関して、陸軍の責任を追及したのです。
斎藤は、第一に、軍人の政治活動を批判し、青年将校の暴走を許した当局、さらにはこれを使嗾した幹部などの責任を追及しました。
「使嗾(しそう)」って、「そそのかす」こと。
第二には、軍に対する不満が高まっているにもかかわらず、公然これを批判することができない「専制武断」を軍が行っていると批判したのです。
斎藤隆夫代議士は、盧溝橋事件の処理に関しても、軍部を非難したために、衆議院から除名されてしまいました。
衆議院が軍の圧力に屈して、斎藤代議士を除名したのですから、こんな情けない話はありません。
こういう話を読んでいると、現在の日本の状況に非常によく似ていると思って、僕は慨嘆を禁じえないのです。
今なお、国務大臣や官僚が、憲法改正の必要性を唱えると、公務員の憲法遵守義務に違反したと非難され、クビが飛びます。
改正の必要を訴えたって、現実に今の憲法にそむいた行動を取らなければ、遵守義務に違反していることになるはずはないのに、それを叩く進歩的マスコミの強弁(こわべん/無理な理屈)は、本当にこの当時の陸軍を思わせるものがあります。
ちょっと考えても分かることですが、政治家や官僚が憲法改正の必要性を口にしてはいけないとなったら、憲法は永遠に改正できないことになってしまうんですよ。それは、国家というものは、絶対に抜本的な改革をしてはいけない、と言っているのと同じことです。
先日、自衛隊の幕僚長が、戦前の日本はそれほどの悪を行っていないと発言したために、その地位を追われました。
ある新聞のコラムは、「このような人物がこのような地位についていたのかと思うとぞっとする」と書きました。
しかし、日本軍が比較的統制の取れた軍隊で、アジア諸国でそれほどの非人道的な行為を行うことがなかったということは、今では常識になってきています。それに沿った発言をしただけで「ぞっとする」と非難するということは、この記者は、自分たちの意見に従わない言論を封殺しようとしているのです。
現在の日本では、進歩的と言われる陣営が、躍起になって言論封殺に走っていることを忘れてはなりません。
戦前の日本軍は軍規が厳しく、兵士が略奪行為をすることはほとんどありませんでした。
現在の進歩派の宣伝を聞きなれている人には信じられないことかも知れませんが、日本軍がアジア諸国を占領した際に犯した、女性に対する暴力的な性犯罪の発生率は、世界で一番低かったという推定があります。
そのような戦前の日本を弁護する意見を口にしただけで、公務員の地位を追われなければならないというのは、進歩派がいまだに、民主主義の意義を理解していないことから来ているのでしょう。
かつて、日教組の先生たちの中には、自衛隊員の子供を立たせて、クラスメートに向かって、「この人のお父さんは悪い人です」と言った人がいたということです。
その時代から、少しも改善されていないんですよね。
さて、そういう話は後回しにして、この当時、軍部が、軍を批判する意見に厳しい弾圧を敷いたことだけは間違いのない事実です。
当時の面白い話があります。
東京帝国大学法学部に、陸軍の将校がやってきて、演説をしました。
将校は、学生たちに向かって、自由主義的風潮に染まっているのがけしからん、と罵り、「おまえたち、ちゃんと軍人勅諭が言えるのか」と恫喝しました。
すると、一人の学生が人ごみに紛れて、下を向いたまま、大声で、「ひとーつ、軍人は政治に関与すべからず」と叫びました。
学生たちは大笑い。
将校は壇上で怒り来るって、軍刀で床を踏み鳴らしますが、犯人が分からないのですから、どうしようもありません。
学生たちもちゃんと軍には反抗していたのです。
ところで、「軍人は政治に関与すべからず」というのは軍人勅諭にはないんですよ。でも、軍は政治から中立を保つのが憲法の真意だということで、それが以前は常識になっていたのに、このころ、軍は政治に関与するようになっていました。
だから、この学生は、それを軍人勅諭のような口調で唱えて、軍を揶揄(やゆ/からかうこと)したわけです。
斎藤代議士はしばらく後になって、除名されてしまいました。
軍は、青年将校の暴走を許した点については反省し、軍の刷新を行いました。もっとも、統制派が、これを奇貨として、皇道派を粛清したというだけのことですから、「反省」という言葉は当たっていないかも知れません。
「これを奇貨(きか)として」というのは、「いいチャンスだから乗ってしまえと思って」ということ。英訳すると、take advantage ofです。
斎藤が指摘した、言論の自由の弾圧に関しては、反省するどころか、いよいよ国論を統一して、戦争への準備を進めたのです。
今日の文章は、ちょっと論理が混乱しているように思う人もいるでしょうから、僕の立場を説明しておきましょう。
僕は、日本軍はアジア諸国で、言われるほどには悪いことはしていなかったし、欧米諸国に比べて、とくに残酷な犯罪を犯してはいなかったと思っています。
しかし、軍が国内で横暴を極め、日本を破滅の淵へ追い込んで行ったことは事実だと思います。
ですから、ある面では弁護し、ある面では批判するのです。
一時期の左翼のように、北朝鮮のすることは一から十まで正しいと主張するような、宗教的な入れ込みが間違っているのです。(昔を知らない若い人は、まさかと思うでしょうが、日本社会党の複数名の党首が「私は金日成主席を尊敬しています」と言ったことがあります。ヒトラーを尊敬すると言うのと同じです。ヒトラーと金親子と、どこが違うというのでしょうか)
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