昨日の記事にも登場した本庄繁侍従武官長は、叛乱軍に同情的でしたので、天皇に向かって「彼らのしたことは許せないにしても、その国を思う心情はお汲み取りください」と上奏しました。
すると、天皇は不快感をあらわにして、「それはただ、私利私欲に出づるにあらずと言へるのみ」と答えたのです。
僕は昭和天皇語録の中で、この言葉が一番好きです。
学生運動の時代、過激派の学生たちを「私利私欲のためにしているのではないのだから」と言って弁護する人が多く、それが考えのない若者たちを増長させてしまったのです。
私利私欲がなければ何をしてもいいというのなら、チンピラが、ムカムカするというだけの理由で、人を殴るのは、許せることになります。
中学生のいじめなどというのも、金を脅し取りさえしなければ、私利私欲のためではないのですから、心情を汲み取ってやるべきだ、ということになってしまいます。
かつて、「いじめがはやるのは、受験競争による抑圧が爆発するのだ」というのが、若者に対する「宥和主義者」(言い換えれば進歩派)の常套句でした。
でも、若年人口の減少によって、受験競争がこれだけ緩和されたのに、いじめは逆に増えるばかりではありませんか。
進歩的な人々の人生観・人間観・世界観には、どこか根本的な欠陥があるのです。
中学生がいじめに走る最大の原因は、いじめっ子になると、女の子に人気が出るからです。また、先生たちもいじめっ子が怖いものですから、「彼らにも悩みがあるからだ」などと甘いことを言ってくれます。
いじめっ子になるといいことづくめなのです。
教師たちは、いまだに日教組の教育観から脱却できず、「暴力事件があっても警察を呼んではいけない。それは、生徒を国家権力に引き渡すことになる」と言う考えを持っています。
これじゃあ、いじめがなくなるはずはありません。
二・二六事件の若い将校たちも、自分たちの「純粋さ」が国民に受けることを読んでいました。
僕がムカムカするのは、事件の報を聞いて集まって来た市民たちの前で、首謀者の将校たちが、演説をしたということです。
市民もそういうものにはすぐに阿諛追従します。
拍手喝采して、「今度は○○中尉殿、お願いします」などと声がかかると、○○中尉が
颯爽と仮設の演壇に登るのです。
こんなスター気取りの連中に国を掻き回されてはならないのです。
昭和天皇は、その点、人間というものを観察する目を持っていました。
ただ一人、ゆらぐことなく鎮圧を主張した天皇の意気込みに押されて、ついに軍は鎮圧の方針を決定したのです。
二・二六事件に当たっては、戒厳令が敷かれました。
しかし、軍のやることは、いつも馴れ合いで、戒厳司令官に任ぜられた香椎浩平中将は、皇道派だったのですから、唖然とするしかありません。
香椎は一時は、叛乱軍の要求を入れて「昭和維新」断行の聖断を仰ぐべきだ、という途方もないことを言い出しました。
その理由が「皇軍相撃」を避けるべきだから、ということですから、ワルの生徒に対処できない教師たちにそっくりですよね。
「皇軍相撃」というのは、叛乱軍鎮圧のために部隊を出動させると、天皇の軍隊同士が戦うことになるから、何があっても、それは避けなければならない、という意味です。
しかし、香椎中将も、天皇の意志が固いことを強調されて、ついに「決心変更。討伐を断行せん」と覚悟を決めるに至りました。
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